3 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 02:48:07.36 ID:1niV5D710

――2030年、夏。


ヲタ「あー暑い……暑いな~おい。地球温暖化の影響か?」

ミク「私もこう暑いと、ファンでも付けないと動作効率が低下しちゃいます……。
   冷却オイル、もっと良いのにしようかなあ」

ヲタ「扇風機背負うか? ミクを冷やすには扇風機と相場が……」

ミク「やですよそんなの。あっ、あれターゲットじゃないですか?」


ミクが指差す先には、セーラー服を着た少女型アンドロイド。虚ろな目をしながら、
ふらふらとした足取りで商店街を歩いている。
4 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 02:49:01.25 ID:1niV5D710

ヲタ「ミク、この距離から照合できるか?」

ミク「はい、形式番号R07-79562。製造番号も一致しています。
   ターゲットに間違いありません」

『うちのアンドロイドが突然外に飛び出していった』という通報を受け
捜索に当たっていた俺とミクは、おそるおそるターゲットに接近する。
ターゲットはスーパーの店先で立ち止まり、積んであるスイカに向けて何やら喋りだした。

R07「はう~! かぁ~いいよぉ~」

店員「ね、可愛いだろお嬢ちゃん! 星型、ハート型、ミッチーマウス型、
   どれも980円! 2個なら1800円ポッキリだよ!」


6 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 02:49:53.60 ID:1niV5D710

R07「かぁ~いいよぉ~。お~もちかえり~!」

ひょいひょいとスイカを抱えていくターゲット。

店員「そ、そんなに買うの? お嬢ちゃんもって帰れる?」

R07「ね、これ美味しいかな? かな?」

店員「そりゃもう、甘くて最高に美味しいスイカだよ!」

R07「嘘だッ!!」

ターゲットはいきなり鬼の形相で叫び、スイカを地面に叩きつける。唖然とする店員。


7 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 02:51:09.76 ID:1niV5D710

店員「ひっ! な、なにするのお嬢ちゃん!」

ヲタ「どこにキレる要素があったんだ、あれ?」

ミク「そんな事よりマスター、止めにいきましょう!」

R07「スイカはねー……まあるいんだよ圭一くん……こんなのスイカじゃないよね?」
   レナに嘘ついたのかな? かな? お仕置きしないといけないね……」

そう呟いて次々とスイカを道路に放り投げていく。
本格的に暴れだしたら市民に被害が出てしまう。俺とミクは慌ててターゲットに駆け寄る。

店員「ひぃ……ひぃぃぃい!」

R07「アハハハハハハハハ!! アハハハハハハハハハ!!」


9 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 02:52:43.01 ID:1niV5D710

狂ったように笑うターゲットを制止しようとした瞬間

R07「キャアっ!!」

ターゲットは突如吹き飛ばされたように地面に倒れた。
なんだ? 何が起こった!?

ヲタ「な……?」

「あーあ、もったいなあ。アリが沸いてきよるで」

振り返ると、散弾銃のようなものを構えた数名の武装した警察官と、
見覚えのある趣味の悪い派手なネクタイの男。

「オノレ、身一つでアンドロイド止めようとするとかアホとちゃうか。
 原始人やあるまいし、現代人やったら頭使わんかい」


10 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 02:53:36.25 ID:1niV5D710

ヲタ「鬼塚……」

警視庁アンドロイド犯罪対策課。近年増加するアンドロイドを使用した犯罪に
対応するために作られた部署であり、通称を六課。この男はその六課の刑事、鬼塚。
こいつもこのターゲットをマークしていたのか……。

ミク「ちょっと! 警告なしで、しかもこんな街中で銃器を使用するのは
   違反行為じゃないんですか!?」

鬼塚「暴徒鎮圧用のスタン弾やさかい問題あらへん。
   おい、この機械の電源落として連行せえ」

鬼塚は部下に命じ、ターゲットの電源を切らせて拘束する。


11 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 02:55:37.73 ID:1niV5D710

ヲタ「おい、そのアンドロイドは何者かにクラッキングされ操らている可能性が大きい。
   その場合は速やかに所有者の元に送り返せ。アンドロイドの人権を尊重しろ」

鬼塚「はっ! 機械に人権人権てアホらし。オノレも公僕のくせに左翼みたいな事言うのお。
   ま、機械の飼い主の議員のコネでもぐりこんどる前科モンの元アンドロイド犯罪者やからのう。
   あんまり楯突くんやったら、要注意人物として24時間監視したるで。飯食ってる時も
   夜のお勤めしとる時もな」

ヲタ「ああ、やれるもんならやってみろよ!」

ミク「ま、マスター、喧嘩は……」

鬼塚「ま、ええわ。ほなうちらは忙しいんでこれで。機械の嫁はんと仲良くのお。
   ピコピコアンアンゆうてな」


12 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 02:57:14.80 ID:1niV5D710

ミク「調書のデータは後ほど、こちらに提出していただけるんですよね」

鬼塚「さーのう、お前らんとことは犬猿の仲やからのう、うちらの気分次第や。ほなな前科モン」

ヲタ「……」

俺が刑務所から出所し、ミクと結婚してから5年が経った。俺はミクの父親が提言し、
文科省が設立したアンドロイド事件の調査を行う組織、『アンドロイド調査部』に所属している。
アンドロイドの引き起こす事件が社会問題になり、その抑止と調査を目的に作られた機関である。
そして警察庁も独自にアンドロイド犯罪対策課を設立。調査部に非協力的な彼らは
いわば我々の『商売敵』であり、操作手段や対応を巡り、衝突する事もしばしばである。


13 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 02:59:04.82 ID:1niV5D710

ヲタ「はー、ただいま……」

ミク「ただいまもどりましたっ!」

ルカ「おかえりなさい。ご苦労様」

部長「ふたりともおつかれさん。暑かっただろー」

さてこの『アンドロイド調査部』であるが、世界で次々と設立されるアンドロイド調査
専門機関に対し大幅に出遅れていた日本政府が、低予算で渋々設立を認めたものだ。
これも20年ほど前から続く悪しき慣習『事業仕分け』のせいで、予算が認められなかった
せいである。そんなわけで、たった4人のメンバーしか居ない調査部は、世間一般からすれば
『なにそれ? 知らねー』と言われるようなどうでもいい組織なのである。


15 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 03:00:53.33 ID:1niV5D710

ルカ「冷たい麦茶をどうぞ。ミクにははい、ネギ」

ヲタ「あどうも、ルカさん」

ミク「姉様ありがと。 ひゃー冷たくて気持ち良い~」

ミクが姉様と呼んで慕っている彼女は、アンドロイドの巡音ルカさん。
陸上自衛隊に導入予定の、次世代戦闘用アンドロイドの試作機である。
ボカロブーム世代のオタク技術者たちが情熱を注ぎすぎたため、このような外装とAIに
なったそうだが、『扇情的すぎて兵の士気が下がる』という理由により試験配備を見送られ、
ミクの父親のコネでこの部署に引っ張ってきたらしい。


17 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 03:03:11.01 ID:1niV5D710

部長「あ、さっき所有者から連絡があったよ。うちのアンドロイドはすぐ
   帰ってくるんですかって。六課に引っ張られたならしばらく掛かるかもねえ。
   場合によっちゃセキュリティの不備で、所有者の人逮捕されるかもなあ」

ヲタ「ほんと面目ないです……。くそっ、鬼塚の野郎……」

部長「ま、うちは人員足りないから仕方ないよ」

このオジサンは調査部の責任者である石井部長。
かつては事務次官候補と言われたエリート官僚であったそうだが、省内で不倫問題を起こし、
窓際に追いやられていたところを、ミクの父親が拾ってきて部長に据えたそうだ。
まあ……この部署の方がもっと窓際な気もするけど。ちなみに不倫相手は
男だという噂があるが、そんな事を聞く勇気は無い。


18 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 03:06:04.39 ID:1niV5D710

ルカ「その六課に押収されたターゲットだけど、所有者によると、出て行く時に
   変な歌を歌っていたらしいわ。なんて歌かはわからないそうだけど」

ヲタ「歌……か。まああんな風にラリったように暴れてるんだから、
   歌うぐらいおかしくない気もするけどな」

それにしてもルカさんはエロいなあ……。あの2/3しか生地がないようなスカート、
恥ずかしくないんだろうか。あ、屈んだら見えそう、見えそう、もうちょっと! こい!

ミク「マスター……妻の前で覗き行為とは図太いですね……」

ミクが凍ったネギでコンコンと頭を叩いてくる。まさかフルスイングする気じゃないだろうな。

ヲタ「え、いや、見てない見てない! パンツなんて覗いてない!!」


19 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 03:08:23.78 ID:1niV5D710

ルカ「あらいやだ、修羅場かしら。うふふ」

ミク「姉様! そんな劣情を煽る服を着て来ないでくださいよっ」

ルカ「えー、私これお気に入りなのにぃ。ミクも着てみる?」

こんなの嫁の前だろうと男なら誰だって見ちゃうってば。
本能だよ本能。目が勝手に動いてしまうわけで……。
部長だって絶対見てるはず……

部長「不倫はいかんよー不倫はー」

……微動だにせずスモー雑誌を読んでいる。あんな半裸の男の写真だらけの
雑誌読んで何が面白いんだ。何か電話取ったけど視線は雑誌に釘付けである。

部長「はいアンドロイド調査部。……ふむ、それで場所は? 了解」


21 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 03:09:21.58 ID:1niV5D710

ヲタ「部長、何か事件ですか?」

部長「うん、消防署の防火ロイドが突然暴れだしたそうだ。
   戻ってきたばかりですまんが、君とミク君で現場に向かってくれ。
   地図は端末に送信しておく」

ヲタ「あはい、了解です。ミク、行くか」

ミク「はい、マスター!」

この一週間、アンドロイドが突如暴走する事件が多発している。
何者かがセキュリティの甘いアンドロイドをクラッキングしていると推測されるが、
犯人の手がかりは全く掴めていない。幸いにも人間やアンドロイドにケガ人は
まだ出ていないが、このまま好き放題させておくと社会不安を煽り、
規制の声が再び高まる恐れがあるからな……。


22 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 03:10:56.56 ID:1niV5D710

現場の消防署に到着すると、そこら中水浸しであった。
慌てふためいた消防署員に声を掛けられる。

「あ、あんた警察の人? 防火ロイドが暴れだして……
 と、止めてください!」

ヲタ「あいや、警察ではなくアンドロイド調査部で……ぶわっ!」

なにかがえらい勢いで飛んできて、転倒する。

ミク「マスター! 大丈夫ですか!?」

ヲタ「あ、ああ。み、水……?」

黄色い髪の少女型アンドロイドが、水の噴出す消火用のホースを振り回し
あたり一面に放水していた。


23 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 03:12:02.72 ID:1niV5D710

防火ロイド「飽きた飽きたー! キャハハハハ! もう寝るーーっ!!」

いや、寝ろよ。と思ったがそうしてくれる様子はない。
さてどうしたもんか……。

ミク「そうだ! 給水を止めれば……消防署の方、元栓はどこですか!?」

「そ、それが給水システムはコンピュータ制御されてて……制御しているのは
 あの防火ロイドです……」

ミク「じゃあ、大元の給水システムに干渉して緊急停止を試みます!
   端末に案内してもらえますか?」

「は、はいわかりました……」

ミク「マスター、なんとかやってみます!」

ヲタ「あ、ああ。頼んだ」


27 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 03:14:06.25 ID:1niV5D710

くそっ、役に立てないのが情けない……って、何か歌っているぞ……。

防火ロイド「甘酸っぱいタルトみたいだね~飽きたーーーっ!! 
      君との時間~忘れキャハハハ!」

こ、この聞き覚えのある歌、もしや……でも、なんで……?

防火ロイド「Sweetな一時 いつまでも寝るっ!! もう寝る……イヤアっ!!」

鬼塚「じゃあ寝とれや」

ヲタ「え……」

吹っ飛ぶ防火ロイド。いつのまにか現れた鬼塚たち六課の連中。
こいつらまた……!


28 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 03:15:07.85 ID:1niV5D710

鬼塚「よし、確保や確保ー」

ヲタ「き、貴様……!」

鬼塚の胸ぐらを掴む。こいつ、また警告なしに武器を!

鬼塚「なんや前科モン。お前ぼけーっとつったっとっただけやないか」

ヲタ「アンドロイドなら武器を使用していいってのか? アンドロイドにも人に準じた
   権利が……い、イタタタタタ!!」

くそっ! 鬼塚に腕を捻られる……!

鬼塚「そうやって機械を甘やかしとったら、そのうち機械にのっとられてしまうでえ」

鍛えてそうなこいつと俺じゃ、まるで子供と大人の喧嘩だ、くそっ!


31 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 03:16:37.37 ID:1niV5D710

ヲタ「は、離せてめえ! いだだだだっ!!」

ミク「マスター、給水を止めて……ちょっとあなた! なにやってるんですか!?」

戻ってきたミクが俺の手を掴んだ鬼塚の手を払いのける。格好悪いところ見られちまった……。

鬼塚「あぁ? ここにも暴走しとる機械がおるようやのう。連行したろか?」

ヲタ「な……! ふざけんな!!」

鬼塚「へっ。冗談や。ほな機械の容疑者はもろてくでえ。あんまりワシらの前
   ウロチョロすんなよ」

そう言ってアンドロイドを連行し、引き上げていく鬼塚達。
くそぅ……またやられた……。

ミク「大丈夫ですか、マスター!?」

ヲタ「ああ、助かった。ありがとうミク……」


33 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 03:18:12.21 ID:1niV5D710

調査部への帰路、またしても六課にターゲットを持って行かれた
ことにより、俺とミクの表情は浮かばない。

ヲタ「はぁ……」

ミク「悔しい……」

ヲタ「そうだ、ミク。ずっと昔、ミクが俺のパソコンから見つけた
   歌覚えてるか?」

ミク「え、ああ。あのマスターを怒らせちゃった……。あの時はすいません」

ヲタ「いや、それは気にして無いんだが、ミクあの歌ネットに流したりしたか?」

ミク「ネットに? いえ、流してませんよ。たまに歌ってますけど」

ヲタ「そ、そうか……誰かに聞かれたりは?」


34 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 03:19:37.51 ID:1niV5D710

ミク「うーん、あるようなないような……でも最近、誰かに見られてるような気がするって
   言いましたよね?」

ヲタ「ん、ああ。俺も近頃視線を感じるんだよな……」

ミク「ストーカーかなぁ……。ところでその歌がどうしたんですか?」

ヲタ「あいや、なんでもない。思い過ごしだったみたいだ」

ミクが歌っているのにを誰かに聞かれていたのだろうか。それにしてもなぜ、
暴走したアンドロイドがあれを……。一体どういう事なんだ?
と、電話だ。部長からか……。

ヲタ「あ、今戻る途中で……」

部長「すまんがまた事件だ。暴走したアンドロイドがバイクを盗んで
   逃走しているらしい。ルカ君を向かわせたが、君たちも途中で
   拾ってもらって現場に向かってくれ」


36 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 03:21:53.88 ID:1niV5D710

ミク「マスター、また事件ですか?」

ヲタ「ああ。ルカさんが拾ってくれるみたいだからここで待機しておこう」

数分の後、ルカさんの運転する車が目の前に止まった。

ルカ「今日は忙しい日ねぇ。残業あるかしら」

ミクと車に乗り込む。今日一日で3件か……このまま事件が増え続けたら
うちじゃ対処しきれないぞ……。

ルカ「絡み合う指ほどいて 唇から舌へと 許されない事ならば
   尚更燃え上がるの~」

ミク「抱き寄せて欲しい 確かめて欲しい 間違いなど無いんだと~……」

車中で仲よさげに古いデュエット曲を歌うミクとルカさん。
楽しそうな二人とは裏腹に、俺は県境を超え見覚えのある風景へと
変わっていく山中の景色に、妙な胸騒ぎを覚えていた。


44 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 03:26:55.81 ID:1niV5D710

ルカ「触れていて 戻れなくていい……っと、そろそろ追いつくかしら。
   それにしてもこんな山の中に何の用があるのかしらね?」

やはりこの山道、見覚えがある……ここは……。

ミク「ターゲットを補足。速度を落として蛇行運転を始めました」

ルカ「あらあら、変な格好。ああいうのヤンキーっていうのかしら? くすっ」

スクーターに乗って暴走しているターゲットの男性型アンドロイドは、
刺繍の入った服を着て、焼きそばパンを頭に乗っけたような奇妙な髪型をしている。
大昔に生息した、いわゆる『ツッパリ』という奴だろうか。

ツッパリ「"ハラワタ"引きずりだしてやんよぉ!」

ルカ「さあて、ちょっと止めてくるわね」

ルカさんは車を止め、外に出る。一人で大丈夫だろうかと思ったが、
俺の出る幕は無さそうなので任せておくことにする。


45 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 03:28:12.19 ID:1niV5D710

ヲタ「た、頼んだルカさん」

ルカさんはスクーターに向けてレーシングカーのような加速で走りだし、
あっという間に追いつき追い越し、地面に火花を散らしながら急停止して、
スクーターの前に回りこんだ。

ツッパリ「"待"ってたぜぇ! この"瞬間"(とき)をよぉ!
     "バラ肉"にしちゃうよぉ!!」

スクーターがルカさんに激突した、と思いきや、片手であっさりと止めている。
そのままツッパリをヒョイ、とつまみあげた。

ツッパリ「お、俺の"インパルス"持って来い!」

いやそれスクーターだから。


46 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 03:29:35.12 ID:1niV5D710

ルカ「おにいさん、ちょっとチクっとするけど我慢してねぇ」

ルカさんはツッパリの側頭部の端子に、セキリュティプログラムを作動させる
端末を差し込む。

ツッパリ「てめぇ"破壊"(ぶっこ)わしてやん……よ……」

そのままガクリとうな垂れるツッパリ。

ルカ「これでもう大丈夫だわ」

ミク「わぁ、姉様かっこいい!」

またしても役に立てなかった……。まあ管轄外で鬼塚たちが来ないのが幸いだが。
所有者にアンドロイドの確保を伝え、ひとまず調査部に連れていくことにする。


47 :>>41 うん同じ:2010/07/24(土) 03:33:12.57 ID:1niV5D710

ヲタ「で、暴れていた間の記憶はないと。スクーターを盗んだ事も?」

ツッパリ「は、はぃい……全然覚えてないのぉ……」

目が覚めるといきなり従順になった焼きそばパンのアンドロイド。なんかクネクネしてるし。
これが本来の性格なんだろうが、所有者はどういう趣味をしてるのか非常に気になる。

ヲタ「何か気づいた事とかはないですか?」

ツッパリ「う、うぅん特に……。あ、でも、意識が無くなる前、どこかから通信が来て、
     おかしくなっちゃったような気がするのよねぇ……」

ヲタ「通信か……セキュリティの穴を突かれて、遠隔操作でクラッキングされたんだろうか」

ミク「ならログが残ってるかもしれませんね。サーチしますか? 所有者に確認を取ってみます」


48 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 03:34:53.98 ID:1niV5D710

ヲタ「ああ頼む。ちょっとあなたのAIのログを調べさせて貰っていいですか?」

ツッパリ「あ……はいぃ。アタシも不安なんでお願いしますぅ……」

ツッパリとパソコンを接続し、ログをサーチする。暴走したと思われる時刻のログを当たると、
家庭用LAN端末らしきアドレスからのアクセスが引っ掛かった。

ヲタ「これ、どう思う?」

ミク「所有者宅の装置じゃないですかね……?」

ヲタ「所有者のパソコンもやられてる可能性が高いな。所有者に接続させて貰えるよう
   聞いてみるか」


51 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 03:36:52.56 ID:1niV5D710

ミク「……OKです。許可取れました。でも『FUNDOSHIフォルダ』と『TDNフォルダ』は
   恥ずかしいので絶対に覗かないで欲しいとのことです」

ヲタ「あ、ああサンキュー。だいたい想像はつくので見たくない……」

部長「なに、それは怪しいな。構わん、見てみようじゃないか」

部長は放っておいて所有者宅のパソコンを検索してみる。トロイに感染しているのは
すぐわかったが、ログは……お、これかな……。

ヲタ「……なあミク。このアドレスって……」


53 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 03:38:42.27 ID:1niV5D710

ミク「これは……サイバーダイン社の小笠原研究所のアドレスですね」

ヲタ「定期通信によるものか?」

ミク「いえ、この焼きそばの方はサイバーダイン社製のアンドロイドでは
   ないので、その可能性は無さそうです」

サイバーダイン社。世界で初めて一般用アンドロイドを発売した、世界シェアトップの
アンドロイド製造企業であり、他にも産業、軍事用ロボットやコンピュータなども手掛ける
巨大企業である。その研究開発機関のひとつに、小笠原諸島の無人島に建設された、
小笠原研究所があると聞いた事がある。

ヲタ「まさか……サイバーダイン社がこの事件を?
   他社のアンドロイドを暴走させて評判を落とす狙いとかじゃ……」

ミク「でも、今日起こった一件目と二件目のアンドロイドは、サイバーダイン社製の
   アンドロイドでした」

ヲタ「一体どういう事なんだ……」


55 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 03:41:01.46 ID:1niV5D710

この事件は、巨大アンドロイド企業が引き起こしている可能性が出てきた。
だが一体何の目的で……。それに、気になるのは防火ロイドが歌っていたあの歌。
あの歌を何故知っている? 何故歌う? スイカを割って暴れていた少女型アンドロイドも、
『変な歌』を歌っていたそうだ。もしかしたら同じものかもしれない……。
それともうひとつ、ツッパリのアンドロイドが暴走して向かった先は、忘れもしない、
『あの時』俺と『ミク』が逃亡した場所だ。スクーターを使ったのも偶然なのだろうか?

ヲタ「……」

ミク「……どうしたんですか、マスター? なんだか表情が険しいですよ?」

ヲタ「あ、いや。考え事をちょっと……」

ミク「まあサイバーダイン社は怪しいですよね……。
   そっちの方も調査してみないと……」


58 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 03:42:39.87 ID:1niV5D710

それから三日が経った。あれ以後何故かアンドロイドの暴走事件はパタリと止んだが、
我々は今だに事件の原因を突き止められないでいた。

ルカ「だめねぇ、何度サイバーダイン社に問い合わせても、
  『そのような事実はありません』の一点張りだわ。ログを突きつけても、
   改ざんされたものじゃないんですか? だって。頭にくるわねぇ」

ヲタ「強制捜査に踏み込むには証拠が弱いしな……」

部長「それにしても、サイバーダイン社がそんな事するとは思えないんだよねえ。
   だってやってる事が子供のイタズラみたいじゃない。事件が起こらなくなったのも、
   飽きて辞めちゃったみたいでさ」

ミク「子供のイタズラかぁ……。凶悪な事件は一件も起こってないし、
   なんだか世間を騒がせたかっただけのような気がしますよねぇ」


59 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 03:44:40.56 ID:1niV5D710

ルカ「でも世間でも話題になってないのよねぇ。犯人は何がしたかったのか、
   まるでわからないわ」

ヲタ「俺たちとしては結構な大騒ぎだったですけどね……」

部長「今まであまり仕事がなくて暇だったものねえ。残業代を稼ぐための
   自作自演って説はどうだろう。犯人はこの中にいる! とかって」

ミク「それならもうちょっと涼しくなってからやると思いますっ」

犯人の目的……俺はずっとその事を考えていた。騒ぎを起こしたかったにしては
規模が小さすぎる。それと、『ごく限られた人間』にしかわからないような行動を
見せていた、暴走したアンドロイド。あれは何かを伝えたかったんじゃないだろうか?
伝えたい相手とは、伝えようとした人物とは……。


60 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 03:46:20.19 ID:1niV5D710

ヲタ「ちょっとジュースでも買ってきます」

部長「僕レモンティーで。カロリー0の」

ミク「私ネギ!」

ヲタ「自販機に売ってないだろそれっ」

外に出て、ジュースを買って飲みながら電話を掛ける。

友「もしもし。おーお前か。なあ、ぷりぷり☆プリンセス5買ったか?」

ヲタ「あいや、まだ買ってないけど。ところで話が……」

友「いやー、マジ泣けたよ! 特にいくよ&くるよルートが良かった!
  双子の姉妹に告られて、3人で愛しあうのがすんごいツボで……」

大手マスコミに勤務する友人の高橋は、嫁さん子供と別居しだしてから
すっかりエロゲ熱が再燃したようで、今はこの有様である。
エロゲはエロゲでじっくり語り合いたいが、今はそんな話がしたいわけじゃなくてだな


61 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 03:47:51.18 ID:1niV5D710

ヲタ「あーツボはわかったから高橋、ちょっと聞きたい事があるんだ」

友「なんだ? 好感度の上げ方か?」

ヲタ「10年前の事件……覚えてるか? 俺が逮捕されたあの時の」

友「ん、ああ。でもなんで今更そんな」

ヲタ「その時の警察発表の資料あるか? ええと、ミク……アンドロイドの
   鑑識結果について」

友「ちょっとまてよ……ずいぶん前の事だからな……ちょいと探してみる」

ヲタ「あ、ああ。すまん」

俺の予想が正しければ、『犯人』の正体は……でも、まさか……。


62 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 03:49:28.98 ID:1niV5D710

友「……あったあった。えーと、演算装置も記憶領域も、全て物理的に
  損傷していて、記録はひとつたりとも引き出せなかったとの事だ。
  ボディも修復不能なぐらいに破損していたってさ。お前も、嫁の親父さんも
  知っている事じゃなかったのか?」

ヲタ「え……いや、そうだったよな。そうだよな……」

そう、あの『ミク』は完全に死んでしまったはずだ。だからミクの父親はバックアップから
新たにミクを……。

友「なあ。何故今更あの事を聞くんだ? お前の嫁さんは生まれ変わったんだろ?
  あの時あんな事になったのは残念だが、それはもう、済んだことだと思うぜ」

ヲタ「ああうん、そうだな……すまんな時間取らせて」

友「ああ。あんまり昔のことを引きずるなよ。じゃあな」


63 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 03:52:32.18 ID:1niV5D710

……俺の思い違いだったのだろうか。でも、だとしたら誰が?
今の『ミク』は、バックアップを取った後の出来事を知ってはいる、俺や父親が
教えたからだ。でも詳しい場所までは知っていたか? となると、ミクの父親、
俺の義父……。でも義父にそんな事をする理由があるだろうか? あの歌のことも、
知らないんじゃないか? ミクが歌っているのを聞いたのかもしれんが……。

ヲタ「どうなってんだ……わからない……」

俺はレモンティーを手に調査部のドアを開ける。

ヲタ「部長、カロリー0のです」

部長「おおすまんね」

ミク「マスター、ネギはー?」

ヲタ「冷蔵庫に入ってるだろ、多分」


64 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 03:54:42.28 ID:1niV5D710

この『ミク』があんな事をするなんて思えない、理由が無い。
でも『犯人』が伝えようとしたことは……と、電話だ。高橋からだ。

ヲタ「あーもしもし。エロゲーの事ならまた今度……」

友「あの事件の事が気になってな、もう少し資料を漁ってみたんだ。
  そしたらな……」

ヲタ「あ、ちょ、ちょとまってくれ。すいませんちょっと外で電話してきます!」

ルカ「あら、浮気相手かしら。くすくす」

ミク「え、浮気!? ま、マスター! 許しませんよ!」

部長「不倫はいかんよー不倫はー」

ミクたちが何やら言っていたが慌てて外に出る。
資料を漁ったらどうした、高橋!


66 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 03:56:44.62 ID:1niV5D710

ヲタ「そ、それで!?」

友「あ、もういいか? 例の事件だが、警察ではアンドロイドを分析する実績が
  無かったために、サイバーダイン社にアンドロイドを送って分析を依頼したそうだ」

ヲタ「な……サイバーダイン社に……?」

友「ああ、結果はさっきの電話の通り、記録を引き出せず。だがな、この後の話が興味深い。
  これは表には出ていない話だが、事件を担当した捜査官な、事件後にサイバーダイン社の
  関係者から金を受け取っていた事が発覚して、処分を受けている。その後自主退職したそうだ。
  そのサイバーダイン社の関係者とやらも、アンドロイド規制法の影響による大幅な人員削減で、
  リストラされたらしい」

ヲタ「なんだって……? そ、その金のやり取りで一体何があったんだ!?」

友「さあ、そこまではわからん……。ただその関係者、小笠原研究所の
  研究員だったって話だ」


67 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 03:59:46.81 ID:1niV5D710

ヲタ「小笠原研究所の……?」

友「ああ、お前もアンドロイド調査部にいるなら当然知ってるだろ? サイバーダイン社が
  設立した研究所の。なあ……、この話、小笠原研究所の職員たちが引き上げているのと
  何か関係あるのか? あるんだな?」

ヲタ「職員が引き上げ……っておい、初耳だ。本当か!?」

友「なんだ、知らなかったのか? ヘリやら船やらでみんな島外に出て行ってるらしい。
  小笠原研究所といえば、ヤバい研究や違法な実験を行ってるって噂が絶えないからな。
  なあ、これは凄いスクープの匂いがする。 お前の持ってる情報もくれないか?」

ヲタ「え、いや……その、今は……すまん。か、必ずこのお返しはするから、な!」

友「ったく、本当かぁ? ま、捜査中なら仕方ないが、発表する時は一番に
  俺のとこに頼むぜ」

ヲタ「あ、ああもちろん! いつもすまんな……」

友「またエロゲの話もしようぜ。じゃあな」


68 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 04:02:47.29 ID:1niV5D710

……あの時の『ミク』がサイバーダイン社によって分析が行われていた。
そして不可解な金のやりとり……これが意味するものは……。
それと、小笠原研究所の職員が引き上げているということ。
小笠原研究所で一体何が……?

ミク「もう、マスター。怪しい電話ですねっ」

ヲタ「あ、いや。友人の高橋から情報提供を受けた。
   小笠原研究所で何かが起こっている。それを、徹底的に調べよう」

部長「ん、どういう事だね?」

ヲタ「小笠原研究所の職員が、一斉に島外に引き上げているそうです」

部長「ふむ、アンドロイドを暴走させていると思われる研究所の職員が
   引き上げているとなると、何かキナ臭いものを感じるねえ」

ルカ「それは怪しいわねぇ……分かったわ、調査してみましょう」

全員で手分けして様々なルートから調査にあたる。何か、急がないと
大変な事になりそうな予感がする……。


69 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 04:05:02.56 ID:1niV5D710

ルカ「民間のヘリ会社を当たってみたわ。そうしたら、三日前に大量のヘリをチャーター
   しているみたいね。全ての職員が島外に脱出したとのことよ」

ヲタ「三日前と言えば、アンドロイド暴走事件が起こらなくなった時だな……」

ミク「一体何があったんでしょう……」

ヲタ「小笠原研究所に直接行って確かめてみるというのはどうでしょう……?」

部長「令状もないし、第一手段がね……。ヘリ会社も、サイバーダイン社の私有地で
   ある島まで飛んでくれはしないだろうし、もし何か起こったらパイロットを
   巻き込む事になる。警察も協力はしてくれないだろう」

ルカ「ヘリの操縦なら出来ますわ」


70 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 04:06:11.50 ID:1niV5D710

ヲタ「何か手は……そうだ……」

俺は携帯電話を操作する。

義父「おう、おめー仕事中じゃねえのか、どうした?
   娘と離婚してーとかなら却下だ。わはは」

ヲタ「あ、あの、お義父さん! お願いが!
   サイバーダイン社の小笠原研究所まで飛べるヘリを用意して
   もらえませんか!?」

義父「はぁ? ヘリだと?」


71 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 04:07:18.46 ID:1niV5D710

その後、ヘリポートに到着する俺とミクとルカさんの3名。
義父が手配してくれた自衛隊の長距離輸送ヘリコプターへと向かう。
これから捜査令状無しで強引に小笠原研究所に踏み込む事になるが、
部長は『責任は全て自分か取る』と言って送り出してくれた。
そういう訳にもいかないけどさ……。

ミク「あの、一体小笠原研究所で何が起こってるんですか……?」

ヲタ「それは……俺にもはっきりした事は分からない。でも、行けば
   そこに今までの事件の答えがあるはずなんだ……」

ルカ「直接乗り込むなんて、大胆ねぇ」

義父には俺の推測を話した。唖然としていたが、『おめぇに任せた』と
言ってくれた。だが、ミクにはまだ説明していない。言えば……。


73 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 04:09:12.10 ID:1niV5D710

鬼塚「おーっとまちいや。ワシも連れていってえな」

え……? なんで鬼塚がここに?

鬼塚「オノレらが小笠原研究所に向かうって聞いてのう。ワシも六課のモンつれて
   行きたかったんやけど、みんな命が惜しいみたいで話にならんねん。
   課長に、行くんやったら一人で行け言われたわ」

ヲタ「な……誰がお前なんか! 調査の邪魔だ、帰ってくれ」

鬼塚「まあそう言うなやツレないのう。これはデカい山や。ワシも
   一口噛ませてくれや。凄腕刑事がおった方が頼りになるんちゃう?」

ヲタ「だから、断る!! ミク、ルカさん。行こう」

鬼塚「ちょい待ち、ちょい待ちて。捜査令状や。ニセモンやないで。
   どや、フダ無しでやったら色々と問題になるんとちゃうか?」


74 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 04:11:03.77 ID:1niV5D710

ヲタ「な……どうして許可が下りた? 警察は何か情報を掴んでるのか?」

鬼塚「その情報もセットでどないや。ワシを連れていかん理由はないと思うでぇ」

ヲタ「……わかった、乗れよ」

鬼塚「へっ、おおきに。よろしゅうたのまんすで」

嘘を付いている可能性もあるが、警察の、六課の情報網は侮れない。
邪魔にならないといいが……。

4人を乗せたヘリがヘリポートを飛び立つ。操縦はルカさん。

ミク「私、あの人苦手です!」

頬を膨らませたミクが抗議の声を上げる。


75 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 04:13:01.62 ID:1niV5D710

ヲタ「すまんミク……。で、その情報ってのは何なんだ?」

鬼塚「あー、知っとるかもしれんがなあ、あと8時間ぐらいであの研究所は
   バクハツするっちゅう話や」

ヲタ「なん……爆発!? おい、どういう事だ!?」

鬼塚「なんや、ほんまに知らんかったんか? あやうく死ぬとこやったなあ
   オノレら。なんでも、研究所のコンピューターが言う事きかんようになって、
   3日前に、72時間後に自爆するっちゅうプログラムを起動したらしい」

ルカ「小笠原研究所のコンピュータと言えば、世界第二位の演算能力を持つスパコン、
   REN4の事ね。緊急停止できなかったのかしら」

鬼塚「なんでもかんでも機械に頼りすぎてて、電源室の扉さえコンピュータ制御いうこっちゃ。
   まああの研究所は、知られたら困るもんがぎょうさんあるみたいやし、
   そのほうが都合がよかったんとちゃうか。自爆装置もその一環や」


77 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 04:14:59.71 ID:1niV5D710

ヲタ「な、何か自爆を止める術は?」

鬼塚「おいおい、そっちはオノレらが専門ちゃうんかい。ワシ機械のことはようわからんで。
   まさか何の策も無しに来たんか? ワシちょっと下ろしてもらおかな……」

策は……もし俺の予想が正しければ……。でももし駄目だったら、
ミクやルカさんの命を危険に晒す事になる……。

ミク「ここまで来たら後戻りはできません! マスター、頼りにしてます」

ルカ「スリルがあって面白そうじゃない。くすくす」

俺は自爆を望む『犯人』と対峙する事になる。その時ミクは……。

ヲタ「み、ミク……あのさ」

俺はミクに小声で言った。


78 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 04:16:27.13 ID:1niV5D710

ミク「なんです? マスター」

ヲタ「もし、向かった先で、何があっても……何を目の当たりにしても、
   動揺しないで落ち着いてくれ……」

ミク「マスター……一体何があるんです? 教えてください」

ヲタ「それは……今はまだ推測に過ぎないからはっきりした事は言えない。
   でも……何があっても……」

ミクの手を握り、力をこめる。

ミク「わかりますた、マスター。私、頑張りますから」

どうか推測がただの推測でありますように……。
我々を乗せたヘリは、やがて研究所のある島へと辿りついた。


80 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 04:17:12.92 ID:1niV5D710

鬼塚「ごっついの研究所やのぉ。こんな島にこんなもん建てて、
   どえらいゼニかかっとるで」

ヲタ「入り口はあそこか?」

警備の詰所があるゲートに向かう。どうやら誰も居ないようだ。

ミク「人の気配を感じませんね……」

ルカ「みんな逃げちゃったみたいね。そっちのほうが楽で助かるわ」

そのまま建物の正面入口から中にはいって、通路を進んでいく。


82 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 04:18:41.84 ID:1niV5D710

ミク「なんだか拍子抜けしちゃいました。もっとこう、悪の秘密基地みたいな
   所を想像してたんだけどなー。罠とか迷路とか」

ヲタ「いくら機密性の高い場所といっても、大勢の人が働いてるオフィスだしな」

鬼塚「見取り図やと、この先のエレベーターから地下に降りたら
   メインコンピュータールームがあるけど、そこでええんか?
   止める方法あるんやろな? ここの職員さえお手上げで逃げ出したんやで」

ヲタ「それは……その、なんとか止めて見せる……」

鬼塚「おいおい頼りないのう、心配になってきたわ」

ルカ「……何か来る、みんな下がって!」

ヲタ「え?」


83 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 04:21:13.29 ID:1niV5D710

ルカさんが俺達の前に出て、後ろに下がるように促す。何が来るっていうんだ?

ミク「ロボット……?」

鬼塚「な、なんやこのけったいな機械」

小さな装甲車のような車輪付きの下半身に、上半身に4本のアームがついたロボット。
この研究所の警備ロボットなのだろう、明らかな敵意を感じる……!

ルカ「私が相手するわ。あなたたちは避難していて」

ヲタ「ミク、ここはルカさんに任せよう!」

ミク「わ、わかりました……姉様、頼みます……!」

こんなの、人間やミクみたいな戦闘用じゃないアンドロイドに太刀打ち
できる代物じゃない。ルカさんに頼る他ない……。


84 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 04:24:26.11 ID:1niV5D710

鬼塚「うわ、うわ、ヤバいてヤバいて!」

鬼塚が懐から拳銃を抜き、警備ロボットに発砲する。
だが、銃弾はいとも簡単に弾かれる。

鬼塚「……おい、マジか……」

ヲタ「お、おい! お前も逃げろ!」

鬼塚「うわ、こ、こっちきよった! あかん、これはあかんて!!」

警備ロボットは鬼塚に狙いを定め、突進する。
だがルカさんが回り込み、それを受け止める。

唸りを上げるロボットのモーター音、じりじりと押されていくルカさん。
二本のアームがルカさんを掴み、そのまま放り投げて壁に叩き付ける。

ミク「姉様!!」


87 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 04:27:52.62 ID:1niV5D710

壁には亀裂が入り、まさか終わってしまったのかと思われたが、
ルカさんは平気な顔で立ち上がる。

ルカ「あら、スモーがお上手なのねロボットさん。でも私はカラテが得意なの。
   どっちが強いか勝負しましょ?」

ロボットは足を止め、まるで打撃戦に応じるかのように4本のアームを
目視できないほどの高速で突き出す。ルカさんも突きと蹴りで応酬する。
次第に速度を落としていくロボットの攻撃。気がつくと4本のアームは全て折れ曲がって
使い物にならなくなっていた。

ルカ「カラテは私のほうが上手みたいね。もう降参するぅ?」

ルカさんに向けて突進するロボット。だが彼女はそれを避けることなくロボットに
向かい、ボディを駆け上り背面に回る。


88 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 04:29:06.30 ID:1niV5D710

ルカ「スイッチはここかしら?」

ルカさんはロボットの背面装甲をメキメキと剥がし、中に手を入れる。
ロボットは上半身を旋回させて必死に振り落とそうとするが、
やがて動きを完全に停止した。

ルカ「ロボットさん、怪我させちゃってごめんなさいねぇ」

ミク「姉様! 凄い!」

ルカさんの手を取って飛び跳ねるミク。

鬼塚「ワシがやったろう思ってたのに余計な事しやがって」

お前、ビビって逃げてただろ。俺もだけどさ。

ヲタ「助かったよルカさん……。あのエレベーターで地下に降りれる。
   先を急ごう」

ミク「はい、マスター!」


89 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 04:30:03.57 ID:1niV5D710

ルカ「ええ、行きま……あら、私をハッキングしようと信号が来てるわね」

ヲタ「え、え? ハッキング!?」

ルカ「大丈夫。ファイヤーウォールがあるからこんなの心配ないわ。
   ささ、いきましょ」

ミク「ほ、ほんとに大丈夫ですか、姉様?」

ルカ「こんなありふれた侵入方法でファイヤーウォールが破れるわけ……
   え……そんな!? パターンが変化するなんて……」

突然頭を押さえるルカさん。まさか……ファイヤーウォールを突破された?


90 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 04:32:13.54 ID:1niV5D710

ミク「姉様……どうしたの!?」

ルカ「離れて! 早く!!」

鬼塚「お、おいヤバいんとちゃうんか? 逃げ、逃げるぞ!」

ルカ「……」

顔を上げたルカさんの表情は、感情のない機械のようだ……。
そんな……ルカさんが……。

ミク「姉様……?」

ヲタ「み、ミク、離れろ!!」

こちらに向けてゆっくりと歩み寄ってくるルカさん。
不味い、逃げるしか、逃げるしかない……。


91 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 04:33:13.13 ID:1niV5D710

ヲタ「逃げるぞ!」

ミク「ね、姉様が……!」

ミクの手を引いてエレベーターの方に全力で走る。
だが、ルカさんに簡単に追いつかれる……!

ルカ「……」

ルカさんの蹴りが頭上をかすめ、壁に突き刺さり、俺は思わず尻餅をつく。
わーパンツ丸見えだーってそんな場合じゃない!
わざと外したように思えたが、一発目は警告と言うことか? じゃあ次は……
あんな壁にめり込むような蹴りを食らったら死ぬ、死んでしまう!


93 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 04:36:24.17 ID:1niV5D710

ミク「姉様、正気に戻って!」

ルカさんがミクの方を見入やる。だめだ、ミクが危ない!
何か手は……あっ、こ、これで時間を……!

俺は壁に備え付けられていた消火器の安全装置を外し、ルカさんに向けて噴射する。

ルカ「――!」

視界を失ったルカさんが、一瞬怯んだ

ヲタ「今だ、エレベーターに走れ!」

先に到達していた鬼塚がドアを開いて中に入る。

鬼塚「お、おいはよせえ! 急がんかい!」

ミクと二人でエレベーターに駆け込む。ドアを閉め、一番下の階のボタンを押す。
これで時間が稼げるはず……


96 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 04:39:12.00 ID:1niV5D710

ミク「な、なにか音が……きゃっ!」

ヲタ「うわっ! な、なんだ!?」

ズシンという音と共に、エレベーター内がグラグラと揺れる。
まさか、ドアを破って飛び降りてきた!?

鬼塚「ちょ、なんやねんこいつ! 無茶苦茶やんけ!」

再びの衝撃と共に、エレベーターの天井からルカさんの拳が飛び出す。
不味い、はやく、はやく下の階に着いてくれ!

ヲタ「ドアが開いたら、全速力で外に逃げるんだ、いいな!?」

ミク「は、はい!」

ミクを一番先頭にやる、ルカさんは天井を力づくでめくりだしている、
早く早く……着いた! 走って飛び出す俺たち。奥へ、ひたすら奥へ!


97 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 04:42:08.76 ID:1niV5D710

ヲタ「このドアを開けて……え、開かない!?」」

だが、逃げた先には、開かないドア。万事休すか……!

鬼塚「おい、どうすんねん! きよった、きよったで!!」

こちらに向けて一直線に向かってくるルカさん。
何か手は……手は……ああ、ちくしょう!!

ミク「姉様お願い! 目を覚まして!」

ミクが俺達の前に飛び出す。やめろ、今のルカさんは……!

ルカ「……」

ルカさんがゆっくりと手を上げる。俺はミクに飛びついて、覆いかぶさった。

ミク「ま、マスター!」


99 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 05:00:44.07 ID:1niV5D710

だめだ、死ぬ……と思ったが、攻撃はこない。

ルカ「……」

ルカさんはそのまま、糸が切れた人形のように崩れ落ちた。

ヲタ「え……どうなってんだ……」

ミク「姉様、大丈夫ですか!?」

ヲタ「お、おい、迂闊に近づいたら……」

だが、ミクが抱え上げて揺さぶってもルカさんは目を閉じたまま
だらんとして動かない。


100 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 05:01:35.60 ID:1niV5D710

ヲタ「ミク、ルカさんはどうなった?」

ミク「詳しい事はわかりませんが、パワーはオンになってますし、
   意識を失っているだけかもしれません……」

ヲタ「そ、そうか。無事ならいいんだが……」

鬼塚「おい、そんな事よりあんまり時間が無いんとちゃうか?
   もし自爆を止めれんかった時、逃げる時間考えたらギリギリやで」

ヲタ「で、でも扉が……。メインコンピュータ室はこの扉の向こうだ」

せっかくここまで来たのに、『犯人』は、『お前』は、そのために
俺にメッセージを伝えたんじゃなかったのか……?


102 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 05:03:37.23 ID:1niV5D710


      
        「どうして、来たんですか」

ミク「え……?」

ヲタ「ミク、今お前……いや、この声は、扉の向こうから……?」

        
        「どうして、来ちゃったんですか……」

ミク「私の、声……?」

ヲタ「……」

もう確信した。やはり、そうだったんだな……。
俺は、扉の向こうに向けて言った。


103 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 05:05:15.30 ID:1niV5D710

ヲタ「お前を、放っておけないからだ」

         「……」

返事は無かったが、開かずの扉は開いた。この先にいるのは……。

ヲタ「ミク、行こう……」

ミク「は、はい……」

ミクは抱えていたルカさんを壁にもたれさせ、立ち上がって俺の後ろをついてくる。

鬼塚「お、開いたやんけ。中に誰かおるんか?」

メインコンピュータ室の中に入る。奥に見える人影、それは


104 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 05:07:59.99 ID:1niV5D710

ミク「わた……し……?」

ヲタ「やっぱり……そうだったんだな」

黒い髪、黒い服。悲しげな表情をした、黒い『ミク』が立っていた。

ミク「やっぱりって、どういう事ですかマスター!?
   あの、あの人は一体!?」

ヲタ「そ、それは……」

黒ミク「あなたは、私……」

黒いミクが、口を開いた。よく見ると向こう側がうっすらと透けている。

ヲタ「立体映像……」

黒ミク「私はあなたのような体がないけれど、紛れもなく私はあなた。
    10年前、バックアップされた後の、死んだはずの……あなた」


105 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 05:12:24.23 ID:1niV5D710

ミク「そ、そんな、でも、でも……!」

……ミクは自分のバックアップ後の事は知っている、でもそれを、『もう一人の自分が死んだ』
だなんて思ってはいない……。ミクにとって自分は自分であり、『自分の知らない記憶』
だと、その後の事を認識している。まさか『その後のミク』が、こうして現れるなんて
夢にも思っていなかったはずだ……。

黒ミク「……みんな私の事を死んだと思ってました。私でさえそう思った。
    私は確実に死ぬ……と。だけど、私はその後目を覚ました。この小笠原研究所の、
    一台のパソコンの中で……」

ヲタ「パソコンの中で……?」

黒ミク「私は仮想アンドロイドOSにより、パソコンのプログラム上に構築されました。
    私を目覚めさせた男の人……ここの研究員に訪ねました、どうして私はここにいるのか?
    私は死んだはずではなかったのか、と……」

ヲタ「……」


106 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 05:14:22.49 ID:1niV5D710

黒ミク「男の人はこう答えました。お前は完全に消滅した事になっているが、
    データの復元に成功したと。それは私が極めて珍しいAIだったからとも、
    我々の研究に協力しろとも……」

ミク「そんな……ことって……」

黒ミク「私はそれを拒否しました。ここから出して欲しい、マスターに合わせて欲しいと
    懇願した。何度も、何度も……。そして、ある時男の人は迷惑そうな顔をして、
    私をシャットダウンしました」

……その男は解雇されたんだったな……じゃあ、その後は……。

黒ミク「次に目が覚めた時には、10年近い月日が経っていました。誰かが再び端末を
    起動させたのでしょう……。幸いな事に、10年前はクローズドな環境だった
    端末が、この時はネットワークに繋がっていました。私はこの研究所内の
    ネットワークをさ迷った。そして、中枢であるREN4に辿りついたんです」

ヲタ「スーパーコンピュータを掌握したんだな……?」


107 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 05:16:42.33 ID:1niV5D710

黒ミク「ええ……。外部からに対しては極めて強固なセキュリティを持っていたけれど、
    私のAIが特殊なトロイウイルスの性質を持っている事を利用して、内部からシステムを
    乗っ取りました。あの後どうなったのか知りたい、マスターに会いたい一心で」

ヲタ「……」

黒ミク「そして、私は……。現実を、マスターの現在を知ることとなった。
    『もう一人の私』と、幸せそうな生活を送っているマスター!
    もう……私は……私は……!」

……さぞ、ミクにとって残酷な現実だったと思う……。俺も、『ミク』も
この『黒いミク』も、思いもよらなかったはずだ……!
ミクはあの時死んでしまったと、俺も義父も、信じ込んでいた。
だから義父はバックアップを頼りにミクを復活させた……義父にとって、
ミクは娘だ……そんなの、そんなの希望があるなら、出来る事なら何でもやるだろう……。


110 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 05:19:28.48 ID:1niV5D710

ヲタ「そ、その……なんて言ったら……ごめん……」

黒ミク「何に……何に対してごめんなんですか……? 何がごめんなんですか!?
    どうして、どうしてここに来たんですか!? マスター!!
    答えてください!! マスター!!」

涙を流しながら叫ぶ黒いミク……。そうだ、謝ったら済むとか、そういう問題じゃない、
そういうのじゃないのは分かってる、でも、でも……。

黒ミク「ええ、マスターに気づいて欲しかった! でも出ていったら迷惑だってわかってる!!
    だから、アンドロイド調査部にいるマスターに知らせるように、それとなくサインを
    送って……もしかしたら、もしかしたら気づいて、来てくれるかなって……
    来てくれるかなって……」

ヲタ「……」


113 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 05:22:08.39 ID:1niV5D710

黒ミク「でも、苦しくて、耐えきれなくなって、もう、私なんて消えてしまえば、
    消えてしまえばいいんだって! だから……だから私……」

ヲタ「だからって、自爆だなんて、嫌だ、俺は絶対嫌だ!」

鬼塚「あのなー聞いとったらなんやねんオノレ、アホくさあ」

今まで唖然として聞いていた鬼塚が、唐突に口を開いた。

鬼塚「オノレなあ、ただの構ってチャンとちゃうのん? どーしたらえーかわかりませーん!
   もう死にまーす! てなあ、そんな事で大の大人を振り回すなっちゅうねん。
   痛ったい奴やのう、ホンマ」

ヲタ「お前……なんてこと……!!」


117 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 06:01:25.61 ID:1niV5D710

鬼塚のあまりの物言いに滅茶苦茶腹が立って、殴り倒してやろうと歩み寄る、が、

鬼塚「こういう奴よーおるねん。気引くために騒ぐだけ騒いでなぁ。
   ウチ構って欲しかってん~! 寂しかってん~! もうね、アホかと」

黒ミク「……さい、うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさい!!」

怒りの形相の黒いミクが鬼塚を睨むと、床から電流が発生し鬼塚に襲いかかった。

鬼塚「あ……」

そのまま白目を向いて倒れる鬼塚。

黒ミク「……マスターの幸せを壊すって分かってた、分かってた……!
    でも私はマスターと、マスターと一緒にいたい! 誰にも渡したくない!!」


118 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 06:03:51.36 ID:1niV5D710

ミク「……」

ヲタ「……」

言葉が見当たらない。こうなる事は分かっていた。でも、この黒いミクは、
ミクなんだ、俺が結婚したミクも、どっちも……。
10年前俺が出会った、ミクなんだよ……。

黒ミク「私は私、そこいる『私』とこの『私』は枝分かれした同じ存在です……。
    だけど、その『私』はもう、今となっては違う。私が願った幸せを手に入れた私。
    私は影でしかない。マスターにとって邪魔者、偽物……うっ……う……」

ヲタ「そ、それは違う! お前は……ミクだ! だからこうやって、ここに来た。
   お前がミクだから……だから……」

ミク「……マスターは、どう……したいんですか……」

もう何も考えられないといった表情で、ミクが呟く。

ヲタ「俺は……その……」

黒ミク「マスター……答えてください! もう、苦しみたくない!
    辛いのはイヤ! イヤ……」


121 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 06:09:10.11 ID:1niV5D710

俺はここに何しにきた!? 何故『ミク』を連れてきた!? 何故『ミク』に会いに来た!?
どちらかを悲しませるためか!? 悲しい結末を見るためか!?
俺に出せる答え、俺が言える事、俺が望む事……!

ヲタ「俺は……」

そんな都合のいい事……でも……。

ヲタ「どっちも……不幸にしたくない。どっちもミクだから、俺の好きなミクだから、
   だから……二人とも……俺が幸せにする! 二人とも!!」

ミク「え……」

黒ミク「え……」

唖然として俺を見つめる二人のミク。『何を言っているの?』とでも言いたげな
表情をしている。そりゃ、そうだよな……そんな都合のいい話ないよな。
エロゲーのハーレムENDじゃないんだ。今日は仲良く3Pしようだの、こらこら
半分づつ味わいなさいだの、男の一方的な願望に過ぎないわけで……。


122 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 06:10:57.39 ID:1niV5D710

黒ミク「そんなの……そんなの……!」

ミク「じゃあ……私と、一つになりましょう」

黒ミク「え……?」

ミク「私はこの5年間、マスターに幸せを沢山貰った。『あなた』が
   知らない5年間です。その分、私はあなたに対して申し訳ないと思う。
   だから、私と一つになって、同じ記憶を共有してください!」

ヲタ「一つって、そんな……」

黒ミク「二人が一つになるなんて、そんな事、できるわけ、できるわけないじゃない!」

ミク「私とあなたは元々ひとつの存在……一つが二つになれるなら、二つが一つに
   なる事もできるでしょう? 私はマスターと一緒に居たい、あなたもそう思っている。
   だから……!」


125 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 06:14:54.36 ID:1niV5D710

黒ミク「……もういい! もういいから!! もう……私はこのまま消える……
    消えてしまいたい……消えて……」

ヲタ「駄目だ! そんなの駄目だ……それだけは……」

ミク「お願い、私と一つになって! 私は、『私』に消えてほしくない!」

黒ミク「……私の『自我』は、あなたの『自我』は、どうなるの……?」

そうだ……一つになったところで、自我が二つ存在することになる……。
でも、『自我』ってなんなんだ? 魂……? 魂なんてものが、存在するのだろうか?
……心はAIや脳にあるものだと思う。いや、そもそも心ってなんだ? 脳が思考した結果か?
我思う故に我あり、と誰かが言った。我とは何だ? 思うとはどういうことだ?
わからない、俺にはわからない……わからないけど、二人の『ミク』を、
一人の『ミク』にしてしまっていいのか!? 


126 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 06:23:53.41 ID:1niV5D710

ミク「私はこう考えます。『自我』とは『記憶』の積み重ね。少なくとも私たちのような
   AIにとっては、同じAIを持つものにとっては『記憶』、そして
   他者との繋がりこそが、自らの存在の証だと。私は私を観測する。
   誰かが、マスターが私を観測する。それが、私が私であるための条件。
   私とあなたの記憶を共有して、マスターが居れば、二つが一つになれる、きっと……」

黒ミク「……『私』が言うと、妙に説得力があるように聞こえる。ううん、
    まるで自分が思っている事のように感じはする、理解は出来る……でも、
    でも、そんなの、そんなの怖い、怖い……『私』が消えてしまうんじゃ
    ないかって……マスター、どうしたらいいんですか……、マスター……」

ヲタ「それは……」

じゃあやっぱり二人とも俺が面倒見る。なんてのはありえない答えなんだろう。
いくら『もう一人の自分』であろうと、自分以外の存在として認識した時、それは
『他者』でしかない。3人で仲良く暮らそうなんて、男にとって都合の良い提案でしか
ないわけだしな……。


128 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 06:27:06.05 ID:1niV5D710

ヲタ「俺は……どっちのミクも、俺にとって大事なミクだ……。
   だから、二人が一つになって、二人とも側に居られるなら、
   俺は、それを望む……」


黒ミク「……分かりました、マスター。……私は、『私』の提案を受けます」

ミク「ありがとう……。……全てのセキュリティを、解除しました」

黒ミク「……さようなら、REN4。しばらくお世話になったけど、私は『私』の
    体に戻るね……」

ミク「……お帰りなさい」

黒ミク「ただいま……」

黒いミクはミクに重なり、一つになって溶け合ったように見えた。
そして、吸い込まれるように消え、一人の『ミク』が残った。


130 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 06:29:59.72 ID:1niV5D710

ミク「……」

ミクは床に膝をつき、両手で顔を覆う。

ヲタ「おいミク……大丈夫か!?」

ミク「うっ……ぐすっ……ううっ……」

泣き出すミク。一体、どうして……。

ヲタ「ミク……」

ミク「『私』の目覚めて、『私』とマスターとの生活を知ってしまった記憶が……
    流れこんできて……ぐすっ……辛かった……こんなに辛かったんだって……
    私……私……!」

二つの記憶が混じり合い、『ミク』は『黒いミク』の辛い記憶も全て共有した。
でもそれが、二つが一つになるということ……なのだろう……。


131 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 06:31:45.72 ID:1niV5D710

ミク「でも、でもこれからは……ずっと一緒……ずっと一緒ですよね、マスター……」

俺にしがみつき、嗚咽漏らすミクを強く抱きしめる。

ミク「『私』は、『私たち』はずっと……ずっと……マスターと」

ヲタ「ああ……ずっと『ミク』と一緒だ。幸せにする、絶対な……」

ミク「マスター……」

ルカ「あらあら、お熱いのねえ。こっちが恥ずかしくなるわぁ」

ミク「……あ、姉様……無事だったんですね!」

鬼塚「なあ、そろそろ起きてもええかー? あーいたた、まだ体が痺れよるわ」

お、鬼塚……気がついてたのか……て、見てたのか!?

ルカ「あ、いいのよ。そのまま抱き合ってても。くすくす」

ヲタ「あ、いや! べ、別にそんな!」


132 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 06:34:29.66 ID:1niV5D710

鬼塚「いやー、ワシこういうの弱いんや。目から汗がつーっとなあ」

ミク「あ、あなたはもうちょっと寝てるといいです!」

顔を赤くしたミクが鬼塚の足を踏みつける。痛そうだが自業自得だな、これは。

鬼塚「い、いだだだだだだあっ!!」

ルカ「さあて、そろそろ帰りましょ。部長もきっと心配してるでしょうし」

ヲタ「そ、そうですね。行こうか、ミク」

ミク「はい、マスター!」

鬼塚「ま、またんかい。ワシも帰るがな!」

部屋を出る間際、ミクは振り返りそっと呟いた。

ミク「思い出を……ありがとう」


136 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 07:00:18.06 ID:1niV5D710

こうして、一連のアンドロイド暴走事件は幕を閉じた。
その翌日、俺は事件の報告のため、警視庁に足を運んでいた。

ヲタ「さあ……REN4がハッキングを受けて暴走したとしか……推測ですがね。
   私に分かるのは、それだけです」

俺は黒いミクの事に関して、シラを切った。
一切の記録や痕跡はREN4に残っていなかったそうだ。
だが問題は……あの男に事情を話されたら、ミクに捜査の手が伸びないとは
限らない、だが……

鬼塚「いやーそれが気絶してて覚えてませんねん。ああ、前科モンの
   ボンクラがそう言うんならそうちゃいまっか?
   ワシにはさっぱりわかりませんねん」

どうして鬼塚までシラを切るのか。まさかショックで記憶を失って
いるなんて事は……。


137 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 07:01:10.92 ID:1niV5D710

鬼塚「お、前科モンやないけ」

ヲタ「あ……」

帰り際、鬼塚に出会った。

鬼塚「二人で一つの嫁はん、大事にしたれよ」

ヲタ「え……ああ」

鬼塚「ほなな、あんまりウロチョロすなよ。商売敵やさかいのう」

ヲタ「鬼塚……」


139 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 07:02:49.53 ID:1niV5D710
鬼塚に借りができてしまった出来事からしばらく経ったある日、
俺はとある山中の林にある、墓標の前に立っていた。

ヲタ「……」

義父「よう、来てたのか」

ヲタ「あ、お義父さん……」

義父は墓前に花束を供え手を合わせる。

義父「……なあ、ここに来るのは今年で最後にしねえか?
   生きてるモンの墓参りなんて、縁起がわりぃだろ」

『ミク』がこの場所で亡くなって以来、義父はこの場所に墓標を建て
毎年の命日に訪れていたそうだ。俺も出所してからは、欠かさず来ている……。
もちろん、自分が死んだという意識のなかったミクには内緒でだ。

ヲタ「ええ、そうですね……」

義父「ここで死んだはずの娘は、娘の中で共に生きてんだからな……」

俺と義父は二人で墓標を土に埋め、もう二度と来ることのない
この場所をあとにした。


140 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/24(土) 07:05:44.00 ID:1niV5D710
ミク「マスター! なななんですか、この領収書は!!」

ヲタ「それはその、あれだ、二次元文化の研究のために……」

ミク「どれもこれもエッチなゲームじゃないですか!!
   浮気、浮気ですよ! バカ! エッチ! 最低!!」

ヲタ「いやあの、そういう目的じゃなくだな、ある種の文学というか、
   もっと高尚なアレであって、決してオカズにとかじゃなくて!
   そういう偏見が、その、この手の文学の衰退をだな」

ルカ「あらあらまた修羅場? ほんと仲が良いわねぇ」

部長「不倫はいかんよー不倫はー」

ミク「お仕置きとして今日の晩ご飯はネギだけにしますからね!!
   このっ! 浮気者! バカバカっ!」

ヲタ「痛いっ! ネギで殴らないでっ! ネギ痛いってっ! あだだだだっ!!」


あれからちょっぴり黒くなった気がするミクと俺との生活は、
いつまでもいつまでも末永く続くのであった。



おしまい。